Blog    大河原愛 制作日記

 

*3月21日

100人が素晴らしい展示だったと褒めてくれたとしても、自分自身が全然納得のできていない作品を展示していたら、これほど悔しくて恥ずかしいことはない。

100人がよくない展示だったと言ったとしても、自分が自分で力を出せて、納得できている作品を展示できているのなら、どれだけ否定されても、気にならない。いつかきっと誰かが理解してくれると信じられるから。

展示の時期が決まっていて、どうにも納得できていない作品を展示せざるを得ない時ほど、悔しくて辛くてしんどいことはない。

それが嫌だから、展示前はいつも一生懸命絞り出すようにして絵を描くのだと思う。でも、常に満足することなどない。

 

だから何年経っても画面の前で働き続けるのだろう。


*3月20日

どんな作品を作っても、

こっちの人はこっちの作品の方がいいというし、あっちの人は、こっちがいいと真逆なことを言うから面白い。
この作品はあんまり良くないから
もっとこっちの作風の絵を描いて欲しいと言われたり、
その良くないと誰かに言われた絵を、別の人は大好きだと言ってくれたりする。
この人は見る目があると自分が信じている人たちでも、意見は時に真逆になったりする。
なのでありがたいことにたとえ作品を否定されても、大して気にならなくなった。

昔は展示日が来るのが怖くてしょうがなかった。誰かに自分の絵を馬鹿にされるんじゃないかとビクビクしていた時期もあった。でも今は何も怖くない。たとえ何か言われても、そこまで気にする必要はないと思える。

否定されることを恐れる必要などどこにもない。結局どんな絵を描いてもみんな言うことは異なるから面白い。

こっちの絵では、この人と繋がれて、こっちの絵ではこの人と繋がれた!って思う。それが面白いし、ありがたい。


だから、今日、この絵がわからないと100人に言われたとしても、来年出会う1人がこの絵に惚れてくれるかもしれない。
 
結局はどの道を選ぶのかは自分次第。
誰かがあなたを否定したとしても、明日には別の人があなたは素晴らしいと言ってくれるかもしれないよね。


 

 

 

 


誰かに作品を否定されることよりも、自分で何を描いたらいいのか、道がわからなくなる時が一番しんどい。

それを見つけて、どこまでも自分を貫けるかどうかが、勝負なのだと思う。


*3月3日
自分の創作に自信をなくして、何をどう描いて良いのか、何のために描いてるのかもわからずにいた時、

「あなたにしか、描けない絵がある。」と言ってくれた人がいた。

きっとどんな人にも、その人にしか描けない絵がある、その人にしかできない仕事があり、役目がある。


*3月1日

思いを絵にすることは、難しい。内なる言葉に向かい合い、色と形に変換し、そのあとは、展示でそれを人目にさらけ出す。勇気のいる作業。


*2月1日

ある時、この絵がいいねと言ってくれた人とは、どこかその絵を通して、心の奥にある感覚の水脈で繋がれたから、そう言ってもらえるのだろうと思う。


*2019年 1月31日

 



絵で何かを伝える技術は、美大でも美術学校でも身につけられない。絵の上で叫ぶことから始まる気がする。


*2018年 12月18日 
ジェームズ・タレルの言葉(引用):「私が本当にやりたいことは、人々を知覚の本質に対面させること。向き合わせることだ。私は、答えを用意しない。ただ問うだけだ」


*2018年 12月13日  

ブログを始めてみました。画家を目指す人や、心の中に孤独や孤立を感じている人々(私にとって仲間である方々)にも少しでも言葉を届けられたら幸いです。


**このブログは、引用と記載したところ以外は、大河原愛の言葉です。文章の無断転用を禁ず